私小説といわれるもの

とっても文学的な響きがすると思います。私小説という分野です。作者の人生で起こったことをそのまま物語にしているものです。つまり、作者の人生の出来事、人生の歩み、出来事、家族とのことなどなどを作者と一緒に見聞きしているようなものです。作者と主観をだぶらせているようなものです。
作者が喜べば、読者もうれしい、泣けば悲しい、笑えば楽しい、というように感情も共有しやすくなります。とはいえ、物語ですから、ブログを読んでいるのとはやっぱり違います。ブログよりも構成はしっかりあるし、文章も描写は練られたものです。
特に、自分がいくつもの小説を読んでいる作家の私小説は、なんだかうれしいなあと思って読んでしまいます。どんなに人間関係が複雑でどろどろであっても、どんなに報われなくて一方通行の想いが綴られていたとしても、とってもいとおしい物語だと思って読んでいるのです。つまりは、作家のプライベートが見えたような気がして、身近に感じているのです。
小説といえども、本当にすべて事実なのか、それは書いた人間にしかわかりません。読んでいる方としては、どちらでもいいものです。物語を楽しく読むことさえできるなら、それでいいのです。

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本屋大賞受賞作品をチェック

文学賞というと、たくさん思いつきます。私としては、毎年4月に決まる本屋大賞に注目しています。なぜなら、本屋さんが一番売りたい本ということで全国の書店員さんが選んでいるからです。最終候補作10作で人気投票をして、1位になった作品が受賞作という訳ですね。
10作の候補作が決まると、店頭にずらっと並びます。知ってる作家さんや読んだことのある本があると、がんばって欲しいなあと思ってしまいます。知らない作家さんがあると、それはそれで興味が惹かれます。読んでみようかと手に取るときもあります。それで、お気に入りの作家さんがまた増えることになるのでしょう。
たくさんの書籍が並んでいるのを見ていると、自分が本当に好きなのはなんなんだろうと迷ってしまう時があります。迷った先に、あ、これが自分の読みたい一冊だったんだという出会いがあります。ひとつのキッカケとして、本屋大賞候補作や受賞作をチェックすると、面白いです。
それとは別に、いいなと思っていた作品に決まると、なんだか自分のことみたいにちょっとうれしく思ってしまいます。作家さんのお友達とか、出版社に知り合いがいるわけではありません。けれど、身近に感じてしまう世界です。

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犯人は考えない

ミステリー小説を読むときには、犯人捜しを一緒に推理するのがいい、という友人がいます。ドラマを観るみたいにして、事件の位置関係や人間関係を書きだすのだそうです。2時間ドラマでよくある、捜査本部にホワイトボードで事件関係者の名前とプロフィール、相関図です。それを、ミステリー小説を読みながら自分で作ってしまうのだそうです。そうすると、かなり犯人は絞れてくると言っていました。ただ、後半になって新しく人物が増えたり、双子の妹が現れるとなると、なんだか違うぞと思うそうです。
私は、どちらかというと、謎解きよりも観光ガイドとしての小説が好きです。謎解きはしてもメインではなくて、登場人物たちが立ち寄ったお店や駅の構内を調べたり想像するのが好きです。犯人は、初めに目をつけた人であることが多いのです。
登場人物が降り立った観光地の駅とか、ランチを食べたお店、観光地の展望台、いつか行ってみたいなあと思いながら、読み進めています。読み終えると、インターネットで観光地のお店や景色のいいところを調べてみます。きれいな写真が出ていると、ずっと眺めています。また、その土地に行った人の旅行記をブログで見つけると、つい読んでしまいます。

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源氏物語の源氏さん

今でいうアイドルのようなオーラを放ち、当然正統派モテモテイケメンだったと想像できるのは、「源氏物語」の主人公「源氏」です。草食系という言葉は、ゼッタイ知らないだろうなというほどの積極的な肉食系ですね。恋も仕事もガンガン行くタイプの人、というイメージです。仕方がないです、イケメンの肉食系です。しかもマザコンで甘え上手なところがあるのではないでしょうか。
実は、源氏ってただ積極的、というだけの男性ではないと思っています。一度親しくなった女性の面倒は、最期までみています。家を建てる時には、複数の女性にそれぞれ部屋を与える、という意味を込めています。かなり義理堅いところがあります。一時期の関係ではなくて、長く良い付き合いができたのですね。それは、源氏のレベルがたいのはもちろん、女性もかなり精神的に自立したところがあるから、と思います。
現代の恋愛は、源氏のような男性はなかなかいません。と、思えてしまうのは、こちら側のレベルの問題もあるかもしれない、と少し反省しているところです。女らしさの再確認をして、美人になれる本を何冊かインターネットで注文しました。女性も、まず、自分を見つめてキレイになるところから始めます。

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ソフトカバーの気軽さ

本のカバーには、ソフトカバーがあります。新書や文庫本に多く使われています。単行本でもソフトの場合がありますね。表紙と裏表紙が柔らかくて、くるっと丸められるくらいです。文庫本は、持ち歩きやすい大きさです。外出先で読むには、このタイプの本を選びます。家から持っていくのも、出先で買うにも、文庫本か新書がほとんどです。
買う時には、書店の紙のカバーをかけてもらいます。店員さんも、かけやすいのではないかと思ってしまいます。それだけではなくて、ハードカバーの本よりも、ちょっとだけ価格としてはお値打ち、というところも気に入っている理由の一つです。新刊書店で、読みたいだけ本を何冊も買う、ということは難しいので、読みたい本と読まなきゃいけない本と予算のバランスをとって、買います。
選びに選んだ一冊の本を、今日も持ち歩いて外出先で読み、帰宅後にリビングで読み、夕食後にドラマもみないでラストシーンまで読んでいきます。面白い本は、最後までどうしてもその日のうちに結論を知りたくなってしまいます。そしてまた、2回目を読み始めることもあります。
ソフトカバーの本は、気軽に読めるところが大好きです。明日もまた新しい物語に出会えることが、とっても楽しみです。

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飛び出す絵本を買いに

お誕生日のプレゼントに本をリクエストされたので、私は都心の大型書店に行きました。プレゼントする相手は、私とあまり歳の変わらない女性なのです。友達にどんな本が欲しいのと尋ねたら「私に似合う本」という答えが返ってきました。
はじめ、恋愛小説の単行本を2~3冊選んでプレゼントしようかなと思っていました。けれど、書店の最上階の児童書のコーナーに行って、考えが変わりました。そこには、たくさんの絵本があったのです。シャレでキャラクターの着せ替え本にしようかと思ったり、昔一緒に読んだ絵本を手に取ったりしました。
そして、飛び出す絵本にしようと決めました。本という平面のはずの世界に、立体が現れるなんて不思議です。中には、人物や小物を動かす仕掛けがついているものまであります。女の子向けに、本をぐるっと360度固定させてその中に部屋ができるというものまでありました。
友達に似合う本といえば、何でしょう。私は飛び出す絵本のコーナーにある本を、一冊ずつ丁寧に見ていきました。女の子が主人公の本がいいなと思いました。そして、予算をオーバーしたけれど、大型の仕掛けがとてもたくさんついている絵本に決めました。ページをめくるたびに立ち上がってくる世界に、驚いてくれるというのですけれど、どうでしょうね。

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ファンタジーの世界

日々の仕事に追われた時には、現実と違う世界に入り込みたくなります。そんな時には、ファンタジー小説を読むのが一番です。ファンタジーなので、異世界の話です。現実とは切り離されています。
ファンタジー小説は、長いお話を読むのが好きです。読んでいる時間は、ずっと小説の中にいられるからです。一気に読むことができない時には、時々現実に戻ってはきますけれど。長いお話は、世界感がきちんとしているのでより楽しめます。特に、映画化もされた魔法使いの話や指輪にまつわる物語は、王国が創造されているばかりではなく、種族や言語も作家が独自に作り上げたものです。世界を丸ごと自分で作ってしまうとは、すごいことです。
ただ、どんなに壮大で果てしないストーリーでも、国と国が争っています。というだけでは感動的なファンタジーにはなりえません。そこに、人間ドラマが必要です。人間以外の種族であっても、心意気とかまっすぐ一本筋の通った生き方をしていることで、彼らを理解できます。
物語の登場人物たちが、自分たちの場所で一生懸命生きている姿を読んで、現実の私は励まされます。まだまだできることはあるものです。あきらめないで、今日を生きていこうと思うのです。

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最後の一押しは…

テレビのコマーシャルは実に便利です。宣伝したいものを繰り返し流せば、見ている人の頭に刷り込みができるのですから。映画にドラマ、数多のコマーシャルが日々溢れています。しかし、私の意見を言わせて貰えば、本の宣伝は書店員さんに!というのが切実なお願いです。ただ話題の作品だから、映像化作品だからとむやみに薦めるのではなく、どういう人物が出てくるのか、ストーリーの見所はどこなのか、そういったところを教えて欲しいのです。
本屋大賞のように、書店員さんのおすすめ、というのは読書好きな人々には欠かせないと私は考えています。書店で働く人が選んだのならば、是非に読みたいものです。特に、気になっていたタイトルが受賞作品にノミネートされていると背中を押されたような気持ちになり、その本を手に取りレジへ足が向きます。
調べてみると、この賞は2004年設立ということでしたが、ノミネート作品一覧を見てみると何冊も購入しておりました。やはり、書店員さんの一押しというのは強烈ですね。この賞をきっかけにより好きになった作家さんは数え上げればキリがありません。今後も私の知らない作家さんや作品を世間に発表してくださる本屋大賞を応援していきたいと思います。

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アルバムな本

気分に合わせて模様替えを何度もしていると、本が明らかに増えていることに気付きます。かつては段ボール箱に収まって移動も楽であった書籍も、今では何箱必要なのか見当が付かないほどに溢れかえっています。単行本を箱につめ、隙間に文庫本を差込み、更に隙間を見つけては本を入れ…一向に模様替えが進みません。箱詰め作業の合間に読書にふけってしまうこともしばしばで、模様替えの「も」の字も進展しないことが今までに何度あったことか…。
一番最近の衣替えに伴う模様替えでは、友人の手も借りる有様です。本の詰まった段ボール箱を友人に預け、後日レイアウトが定まってきたころに預けていた本を受け取るという手法をとりました。それでも室内に収まりきらず、友人に譲った本も数知れず。あれこれ手を尽くしてもそろそろ限界のようで、そろそろ本の選別に入らねばならないようです。タイトルに心惹かれて購入した本はなかなか手放せず、色が変わってしまった背表紙を眺めつつ箱にしまっています。
仕事用に購入した外国語の単行本も翻訳しながら読み進めた思い出があり、今では開く機会が減ったものの、やはり手放すことができません。仕事で辛かったことも楽しかったことも、その本を開けば私の書き込みと共に蘇るからです。私にとって本は、思い出の詰まった、アルバムのような存在で容易に処分できるものではないのです。只管増える一方の思い出の塊用に一部屋借りてしまったほうが良いかしらと悩む今日この頃です。

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読書という穴にはまった日

子供の頃は、親よりも先生という存在のほうが私にとっては身近でした。多分そのお陰か、今でも先生方が薦めてくださった本は何冊も手元にあります。
本を読むきっかけは、学級新聞の中の担任の先生のコラムだったと思います。先生は毎月、児童書の中からお薦めの本を選んでくださっていました。今思うと、小学生に向けて本を選ぶというのは難しかったのではないかと思います。
話はそれましたが、私の読書人生のスタートは那須正幹さんの『ズッコケ三人組』シリーズでした。アニメ化される前であったことも手伝って、クラスの中で流行したことを今でも覚えています。トリオものの作品って、小説に限らず、アニメやドラマも多数ありますよね。その中で『ズッコケ三人組』シリーズに出会ったことで、「主人公が一人ではないということ」の魅力に気付くことができました。そして、それが大きいのです、私の中で。
主人公が一人ではないってことは、同じ事物を見ていても考え方や感じ方、考えることは登場人物の数だけ存在するわけですよね。自分一人ならば思いもしない、考えもしないことが当然のように小説の世界には書かれています。当時小学生であった私にとっては、世界が開けたというか目の前の世界の色が変わったように感じたものです。同じ経験をなさった方、きっとこの広い世の中にいらっしゃるはず…そして、今後も増えていくことを願って。

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