最後の一押しは…

テレビのコマーシャルは実に便利です。宣伝したいものを繰り返し流せば、見ている人の頭に刷り込みができるのですから。映画にドラマ、数多のコマーシャルが日々溢れています。しかし、私の意見を言わせて貰えば、本の宣伝は書店員さんに!というのが切実なお願いです。ただ話題の作品だから、映像化作品だからとむやみに薦めるのではなく、どういう人物が出てくるのか、ストーリーの見所はどこなのか、そういったところを教えて欲しいのです。
本屋大賞のように、書店員さんのおすすめ、というのは読書好きな人々には欠かせないと私は考えています。書店で働く人が選んだのならば、是非に読みたいものです。特に、気になっていたタイトルが受賞作品にノミネートされていると背中を押されたような気持ちになり、その本を手に取りレジへ足が向きます。
調べてみると、この賞は2004年設立ということでしたが、ノミネート作品一覧を見てみると何冊も購入しておりました。やはり、書店員さんの一押しというのは強烈ですね。この賞をきっかけにより好きになった作家さんは数え上げればキリがありません。今後も私の知らない作家さんや作品を世間に発表してくださる本屋大賞を応援していきたいと思います。

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アルバムな本

気分に合わせて模様替えを何度もしていると、本が明らかに増えていることに気付きます。かつては段ボール箱に収まって移動も楽であった書籍も、今では何箱必要なのか見当が付かないほどに溢れかえっています。単行本を箱につめ、隙間に文庫本を差込み、更に隙間を見つけては本を入れ…一向に模様替えが進みません。箱詰め作業の合間に読書にふけってしまうこともしばしばで、模様替えの「も」の字も進展しないことが今までに何度あったことか…。
一番最近の衣替えに伴う模様替えでは、友人の手も借りる有様です。本の詰まった段ボール箱を友人に預け、後日レイアウトが定まってきたころに預けていた本を受け取るという手法をとりました。それでも室内に収まりきらず、友人に譲った本も数知れず。あれこれ手を尽くしてもそろそろ限界のようで、そろそろ本の選別に入らねばならないようです。タイトルに心惹かれて購入した本はなかなか手放せず、色が変わってしまった背表紙を眺めつつ箱にしまっています。
仕事用に購入した外国語の単行本も翻訳しながら読み進めた思い出があり、今では開く機会が減ったものの、やはり手放すことができません。仕事で辛かったことも楽しかったことも、その本を開けば私の書き込みと共に蘇るからです。私にとって本は、思い出の詰まった、アルバムのような存在で容易に処分できるものではないのです。只管増える一方の思い出の塊用に一部屋借りてしまったほうが良いかしらと悩む今日この頃です。

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読書という穴にはまった日

子供の頃は、親よりも先生という存在のほうが私にとっては身近でした。多分そのお陰か、今でも先生方が薦めてくださった本は何冊も手元にあります。
本を読むきっかけは、学級新聞の中の担任の先生のコラムだったと思います。先生は毎月、児童書の中からお薦めの本を選んでくださっていました。今思うと、小学生に向けて本を選ぶというのは難しかったのではないかと思います。
話はそれましたが、私の読書人生のスタートは那須正幹さんの『ズッコケ三人組』シリーズでした。アニメ化される前であったことも手伝って、クラスの中で流行したことを今でも覚えています。トリオものの作品って、小説に限らず、アニメやドラマも多数ありますよね。その中で『ズッコケ三人組』シリーズに出会ったことで、「主人公が一人ではないということ」の魅力に気付くことができました。そして、それが大きいのです、私の中で。
主人公が一人ではないってことは、同じ事物を見ていても考え方や感じ方、考えることは登場人物の数だけ存在するわけですよね。自分一人ならば思いもしない、考えもしないことが当然のように小説の世界には書かれています。当時小学生であった私にとっては、世界が開けたというか目の前の世界の色が変わったように感じたものです。同じ経験をなさった方、きっとこの広い世の中にいらっしゃるはず…そして、今後も増えていくことを願って。

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いつでもどこでも本に夢中

近所のフリーマーケットへ行くのが楽しみです。子供服を売っているお店が多いのですが、その片隅に、絵本があったりします。ごくまれには漫画や児童小説があったりもするんですよ。もちろん冊数は少ないので、出会いはまさに運とタイミング。子供のために服を選ぶ若いお母さんたちの隣で、延々本を眺めています。いつでもどこへいっても、本に惹かれてしまいます。友人と買い物に行くと、友達は店先に飾られている洋服に惹かれて店内をうろうろしますが、私はそこに一緒に置かれている雑誌が気になるのです。最近は『この洋服はこの雑誌に載っています』というような感じで、一緒に置かれていたりするんですよ。そちらのことです。友達が試着をしているのに放っておいて、雑誌に夢中。それも着こなしが書いてある部分ではなく他のページですから、お店にとっては感じの悪いお客かもしれません。……というか、のれんに腕押しみたいな?真面目に見ているけれど、服に興味はないのですから、不思議な人に見えるでしょう。服を買うなら本を買いたい、は昔からの私の口癖です。たぶんこの先の一生言い続けるのでしょう。外出の用事ができたときに、服がなくて困るのもたぶんずっとです。

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小説を読む前のワクワク感も楽しむ

小説などの本と、映画やドラマのような映像作品は、それぞれの良さや魅力があります。小説は、読むことで物語を想像しながら体験していくような醍醐味があります。自分のペースで進められますし、ページを捲っていくという感覚が味わい深くて堪りません。映像作品は、個人が何もしなくても見ているだけで、物語が映像と共に展開していき楽しめます。読む面白さと、見る面白さがあって、どちらも楽しいです。作品のジャンルによっては、映像作品向きなのもと、小説向きなものがあるのかもしれません。アクション的なものは、映像の方がよりリアルに楽しめる気がします。
小説を映像化したものは、一般的に原作である小説の方が良いと言われることが多いですね。結果的に、相乗効果だったりもします。先日、そのような原作ありの映画のレビューで、評価が高いものを見つけました。物語が素晴らしくて、誰もが感動して涙する作品のようです。そうなると当然、映画を観たいと思うのですが小説も読みたいです。レビューには、小説を読んでから映画を観るべきだ、というものがありました。小説の方は、物語の奥行や深みが全然違ってくるからだそうです。そんな経緯で、小説から読むことに決めたので楽しみです。

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将来有望な小学生

電車の中で、むさぶるように本を読んでいる小学生の男の子を見かけました。私立の小学校に通っているのでしょう、紺色の制服に制帽をかぶって、黒いランドセルを背負って。おそらく学校の図書室で借りた本で、家まで待ちきれずに読み出したのだと思います。両手で本をしっかりつかんで、食い入るように文字を追うその姿は、思わず微笑んでしまうような光景でした。夢中になって本を読んでいる男の子は、すっぽりと自分の世界に入っていて、もうまわりの音は聞こえない。羨ましいような気持ちで見ながら、ふと自分の小学生の頃のことを思い出しました。
私も、小学生の時、夢中で本を読んでいた記憶があります。学校の図書室で借りた「シャーロックホームズ」のシリーズ。次の日までに読み終わりたくて、帰り道、歩きながら読んだものです。そのときは、途中でどこかに座って読む、という発想はなく、とにかく時間がもったいなくてゆっくり読みながら歩きました。地面のでこぼこが目のはしに映り、本のまわりの景色が流れていきました。
小学生が本を読んでいる姿を見ると、その頃の自分の、夢中になっていた気持ちを思い出して、くすぐったいような応援したいような・・そんな想いが湧いてくるのです。

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本の便利グッツはいろいろあるんですね

最近、本に関係したグッツがたくさん売られています。本のグッツといえば、しおりとブックカバーくらいしか浮かばなかったのですが、本屋さんに行ってみるとその他にもいろいろ売られていて驚きました。
まずは、手元を照らす読書ライト、これは本にくっつけて使うタイプのものがあり、寝るときに部屋の電気を消して、本の周辺だけ小さく照らすことができるもの。それから、お風呂で本が読めるスタンド。これは、濡れた手でページをめくらなくてもいいように、棒のようなものが付いていて、それを使って器用にめくる仕組みになっています。グッツではないのですが、ブックカバーから派生して、ポシェットになっているものも見たことがあります。読んでいる本をパタンと閉じて、縁についているジッパーをぐるりと閉めていくと、外側にひもが付いていて、そのまま肩から下げられるようになっているのです。電車で本を読んでいて、読み途中の本を慌ててバックにしまったりしなくていい!と、これを見つけたときには、感激しました。今一番、気に入っているのは、ちっちゃな双葉のしおり。ゴム状で、本の上に挟むと、ぴょこんと葉っぱだけが飛び出して、なんともかわいい様子に。かわいいグッツを見つければ、読書タイムが楽しくなること請け合いです。

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犬が運んだ異世界の思い出

犬が吠えているなあと思っていたら、どうやら近所の家に犬を連れたお客さんが来たようだったので、さっそく遊びに行ってきました。ご近所さんとは両親が仲良くしているのです。庭にうろうろしていた犬は大型犬で、小さな子供だったら背中に乗れてしまいそうでした。その姿を想像した時、私は『ナルニア国物語』を思い出しました。それを読んだのは子供の時なので記憶はかなりあいまいなのですが、たぶんライオンのアスランと犬がつながったのでしょう。その犬はふさふさの毛をしていたのです。アスランに乗る少年という記述があったのかどうか。でも子供心にかなりどきどきしたことは覚えていますね。クローゼットの奥が違う世界に繋がっているなんてと、自宅の押し入れの奥を探ったものです。押入れといえば『押入れの冒険』という絵本があります。これも子供の時読んだものですが、こちらはどきどき以上に怖くて、読んだ日は一人で寝られませんでした。でも内容ははやり記憶の彼方です。ただおばあさんが出てきたことと、すごく怖かったという覚えがあるばかり。犬は家族とお泊りかと思いきや、その日のうちに帰ってしまいました。残念なことです。また来年も遊びにくるでしょうか。楽しみにしておきます。

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知らないよりは知っていた方がいいこと

時々、新聞の下部に雑誌の宣伝が載っていることがあります。芸能人のゴシップなどを記事にしている雑誌のことです。母はその雑誌自体を買ってきて読むことはしませんが、その宣伝を見るのが大好きです。まるでそれが新聞のメイン記事であるかのように、真剣に読んでいます。そうするとたいてい父が「お前はそんなに真剣に、何を読んでいるんだ?」と聞いてその記事を覗きこみ――。「ああ……」と納得して去って行きます。母は芸能人のネタに詳しいんですよ。誰と誰が夫婦だとか、誰が誰の子供だとか。このドラマの女優さんはあのドラマでは何の役をしていたとか。私はまったく覚えられないことなので、正直、その知識に意味があるのかなあと思いつつも、それだけたくさんのことを知っている母をすごいとも思います。私、つい去年くらいまで、ジャック・スパロウも知らないほどの無知ぶりでしたからね。『パイレーツ・カリビアン』、題名を言うと必ず舌を噛みそうになるあの作品に出ていた彼です。「ええ、今知ったの?」とどれほどたくさんの人に言われたことか。知らなくても生活は困らないけど、知らないよりは知っている方がいいことって、あるもんだなあと実感したときでした。

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退屈なくらい平和な日々

久しぶりに、小説をよんで爆笑しました。登場人物の台詞の言い回しが面白かったんです。文章で笑わせるってすごいなあと思います。漫画は絵があるし視覚的に訴えるものがあるからわかりやすいけれど、文章は文字だけ。画面だけ見たら笑う要素は何ひとつないんですもの。座卓でパソコンで読んでいた小説だったので、床に伏せて笑っていたら、親が帰ってきてすごく気まずい思いはしましたけどね。ま、漫画なら覗きこまれたらどんな内容かわかってしまうから、さらに気まずくなることもありますが、文字はちらっと見ただけでは内容がわかりません。さらに気まずくならなくてよかったです。いや、親が見たら怒られる話を読んでいたわけではありませんよ?というか、私の親は、子供が何を読んでいても見ていても、文句は言いません。その点は、この親の子供でラッキーだったなと思います。友人の親御さんの中には、友人が読書すること自体が気に入らず、怒ったりもする、ということでしたから。両親はたくさん本を買ってくれるわけではありませんでしたが、こんなわけで私は子供の頃から、自由な読書を楽しんでます。ちなみに、今の夢中は日常を描いた優しいお話です。退屈なくらい平和な話が好きです。

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