本棚と本棚のタイミング

本屋さんに行った時の話です。その新刊書店は、棚と棚の間の通路が比較的狭く、人が1人通るのが精一杯でした。もし、ちょっと太めの人が立ち止まって読んでいたら、後ろは通れないかもしれません。それでも、本の数はとても多いので、いろいろ見ることができて楽しいのです。
自分の見たいジャンルの棚に行くと、すでに先客がいました。植物図鑑が並んでいる場所です。通路の真ん中あたりに立っていたので、その手前まで行って眺めていました。あとから、その人が移動してからまた身に来ればいいや、と思って別の通路に行きました。次に向かったのは、手芸のコーナーと創作折り紙の棚でした。折り紙の月刊誌があるかどうか見たかったのです。ここにも手前の方に人がいたのでやめました。3度目の正直、で花や蝶のデザインパターンのところに行くと、やっぱり人がいて通るのは難しそうでした。
タイミングが悪いとしかいいようがないです。けれど、ふと思いついて植物図鑑のところに行くと、さっきの先客はもういませんでした。写真よりもキレイなイラストが載っているものを探して、端から見ていきました。その後、見たかったジャンルの本を探すことができました。結局5冊も買って帰りました。

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リビングで本を読む

さて今日は1日ゆっくり時間があるわ、という日にやりたいことは、溜まっていた未読の本を整理することです。つまり、片っ端から本を読んでいくことです。そんな時には、一体どこで本を読んだらいいか、これって意外に1日を左右するポイントになります。
電車で揺られながらも好きだし、天気の良い日なら公園のベンチで、というもの好きです。一番好きなのは、自分の家のリビングで、お茶を用意しておいて、ゆっくりと物語の世界に浸るというものです。リビングは、たとえ4畳半であったとしても、自分の中では20畳くらいの広さでのんびりしているということを想定しています。広い場所で優雅に読書です。
ぬくぬくと日が当たり、ロッキングチェアに座り、脇には猫が昼寝をしているようなところです。一気に本を最後まで読んでしまうのもいいし、時々物語の人物や出来事を整理するために、目を閉じてうとうとしてみるのもいいものです。お腹が空いたら、休憩時間です。キッチンでフレンチトーストかサンドイッチでも簡単に作ってきます。リビングに持ってきて食べるのです。
誰が訪ねてくるわけでもなく、電話が来るわけでもありません。メールやLINEはあとでまとめてチェックすることにして、今はただ日常と非日常の境界線の上にいることを満喫しています。

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青春小説のすすめ

初恋はカルピスの味、などとよく言われます。なんでカルピスなのかといえば、甘酸っぱい思い出というイメージがなせる業でしょうか。
オススメの本はなんですか、と聞かれて、本当は青春小説を挙げたいのだけれど、つい変な見栄を張って直木賞作品はいいよね、なんて答えてしまう自分がいます。青春小説を下に見るわけではありません。青春という年代を過ぎてもまだ高校生が主人公の物語を読んでいるなんて、照れ臭くて堂々と言えません。そうでなくても、あの時代は、親にも友達にも言えない悩みを自分一人で抱え込んでいることがありました。30代になってみれば、どうということもない悩みですが、当時はこの世の終わりくらいに思っていました。
その頃の気持ちを忘れたくなくて、あるいは時々思い出したくて、読みたくなるのです。高校生の小説を書いているのが高校生とは限りません。作者のプロフィールを見ると、自分と同じくらいの年代の方だったりします。作者も、自分の10代の頃を思い出して書くのでしょうか。あの説明しがたい思いを、悩みを、片恋を、出席日数の少ないクラスメートを、先生を、思い出しながら書くのでしょうか。そんなことを思いながら、高校の卒業アルバムを眺めてみる午後です。

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私小説といわれるもの

とっても文学的な響きがすると思います。私小説という分野です。作者の人生で起こったことをそのまま物語にしているものです。つまり、作者の人生の出来事、人生の歩み、出来事、家族とのことなどなどを作者と一緒に見聞きしているようなものです。作者と主観をだぶらせているようなものです。
作者が喜べば、読者もうれしい、泣けば悲しい、笑えば楽しい、というように感情も共有しやすくなります。とはいえ、物語ですから、ブログを読んでいるのとはやっぱり違います。ブログよりも構成はしっかりあるし、文章も描写は練られたものです。
特に、自分がいくつもの小説を読んでいる作家の私小説は、なんだかうれしいなあと思って読んでしまいます。どんなに人間関係が複雑でどろどろであっても、どんなに報われなくて一方通行の想いが綴られていたとしても、とってもいとおしい物語だと思って読んでいるのです。つまりは、作家のプライベートが見えたような気がして、身近に感じているのです。
小説といえども、本当にすべて事実なのか、それは書いた人間にしかわかりません。読んでいる方としては、どちらでもいいものです。物語を楽しく読むことさえできるなら、それでいいのです。

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本屋大賞受賞作品をチェック

文学賞というと、たくさん思いつきます。私としては、毎年4月に決まる本屋大賞に注目しています。なぜなら、本屋さんが一番売りたい本ということで全国の書店員さんが選んでいるからです。最終候補作10作で人気投票をして、1位になった作品が受賞作という訳ですね。
10作の候補作が決まると、店頭にずらっと並びます。知ってる作家さんや読んだことのある本があると、がんばって欲しいなあと思ってしまいます。知らない作家さんがあると、それはそれで興味が惹かれます。読んでみようかと手に取るときもあります。それで、お気に入りの作家さんがまた増えることになるのでしょう。
たくさんの書籍が並んでいるのを見ていると、自分が本当に好きなのはなんなんだろうと迷ってしまう時があります。迷った先に、あ、これが自分の読みたい一冊だったんだという出会いがあります。ひとつのキッカケとして、本屋大賞候補作や受賞作をチェックすると、面白いです。
それとは別に、いいなと思っていた作品に決まると、なんだか自分のことみたいにちょっとうれしく思ってしまいます。作家さんのお友達とか、出版社に知り合いがいるわけではありません。けれど、身近に感じてしまう世界です。

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犯人は考えない

ミステリー小説を読むときには、犯人捜しを一緒に推理するのがいい、という友人がいます。ドラマを観るみたいにして、事件の位置関係や人間関係を書きだすのだそうです。2時間ドラマでよくある、捜査本部にホワイトボードで事件関係者の名前とプロフィール、相関図です。それを、ミステリー小説を読みながら自分で作ってしまうのだそうです。そうすると、かなり犯人は絞れてくると言っていました。ただ、後半になって新しく人物が増えたり、双子の妹が現れるとなると、なんだか違うぞと思うそうです。
私は、どちらかというと、謎解きよりも観光ガイドとしての小説が好きです。謎解きはしてもメインではなくて、登場人物たちが立ち寄ったお店や駅の構内を調べたり想像するのが好きです。犯人は、初めに目をつけた人であることが多いのです。
登場人物が降り立った観光地の駅とか、ランチを食べたお店、観光地の展望台、いつか行ってみたいなあと思いながら、読み進めています。読み終えると、インターネットで観光地のお店や景色のいいところを調べてみます。きれいな写真が出ていると、ずっと眺めています。また、その土地に行った人の旅行記をブログで見つけると、つい読んでしまいます。

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源氏物語の源氏さん

今でいうアイドルのようなオーラを放ち、当然正統派モテモテイケメンだったと想像できるのは、「源氏物語」の主人公「源氏」です。草食系という言葉は、ゼッタイ知らないだろうなというほどの積極的な肉食系ですね。恋も仕事もガンガン行くタイプの人、というイメージです。仕方がないです、イケメンの肉食系です。しかもマザコンで甘え上手なところがあるのではないでしょうか。
実は、源氏ってただ積極的、というだけの男性ではないと思っています。一度親しくなった女性の面倒は、最期までみています。家を建てる時には、複数の女性にそれぞれ部屋を与える、という意味を込めています。かなり義理堅いところがあります。一時期の関係ではなくて、長く良い付き合いができたのですね。それは、源氏のレベルがたいのはもちろん、女性もかなり精神的に自立したところがあるから、と思います。
現代の恋愛は、源氏のような男性はなかなかいません。と、思えてしまうのは、こちら側のレベルの問題もあるかもしれない、と少し反省しているところです。女らしさの再確認をして、美人になれる本を何冊かインターネットで注文しました。女性も、まず、自分を見つめてキレイになるところから始めます。

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ソフトカバーの気軽さ

本のカバーには、ソフトカバーがあります。新書や文庫本に多く使われています。単行本でもソフトの場合がありますね。表紙と裏表紙が柔らかくて、くるっと丸められるくらいです。文庫本は、持ち歩きやすい大きさです。外出先で読むには、このタイプの本を選びます。家から持っていくのも、出先で買うにも、文庫本か新書がほとんどです。
買う時には、書店の紙のカバーをかけてもらいます。店員さんも、かけやすいのではないかと思ってしまいます。それだけではなくて、ハードカバーの本よりも、ちょっとだけ価格としてはお値打ち、というところも気に入っている理由の一つです。新刊書店で、読みたいだけ本を何冊も買う、ということは難しいので、読みたい本と読まなきゃいけない本と予算のバランスをとって、買います。
選びに選んだ一冊の本を、今日も持ち歩いて外出先で読み、帰宅後にリビングで読み、夕食後にドラマもみないでラストシーンまで読んでいきます。面白い本は、最後までどうしてもその日のうちに結論を知りたくなってしまいます。そしてまた、2回目を読み始めることもあります。
ソフトカバーの本は、気軽に読めるところが大好きです。明日もまた新しい物語に出会えることが、とっても楽しみです。

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飛び出す絵本を買いに

お誕生日のプレゼントに本をリクエストされたので、私は都心の大型書店に行きました。プレゼントする相手は、私とあまり歳の変わらない女性なのです。友達にどんな本が欲しいのと尋ねたら「私に似合う本」という答えが返ってきました。
はじめ、恋愛小説の単行本を2~3冊選んでプレゼントしようかなと思っていました。けれど、書店の最上階の児童書のコーナーに行って、考えが変わりました。そこには、たくさんの絵本があったのです。シャレでキャラクターの着せ替え本にしようかと思ったり、昔一緒に読んだ絵本を手に取ったりしました。
そして、飛び出す絵本にしようと決めました。本という平面のはずの世界に、立体が現れるなんて不思議です。中には、人物や小物を動かす仕掛けがついているものまであります。女の子向けに、本をぐるっと360度固定させてその中に部屋ができるというものまでありました。
友達に似合う本といえば、何でしょう。私は飛び出す絵本のコーナーにある本を、一冊ずつ丁寧に見ていきました。女の子が主人公の本がいいなと思いました。そして、予算をオーバーしたけれど、大型の仕掛けがとてもたくさんついている絵本に決めました。ページをめくるたびに立ち上がってくる世界に、驚いてくれるというのですけれど、どうでしょうね。

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ファンタジーの世界

日々の仕事に追われた時には、現実と違う世界に入り込みたくなります。そんな時には、ファンタジー小説を読むのが一番です。ファンタジーなので、異世界の話です。現実とは切り離されています。
ファンタジー小説は、長いお話を読むのが好きです。読んでいる時間は、ずっと小説の中にいられるからです。一気に読むことができない時には、時々現実に戻ってはきますけれど。長いお話は、世界感がきちんとしているのでより楽しめます。特に、映画化もされた魔法使いの話や指輪にまつわる物語は、王国が創造されているばかりではなく、種族や言語も作家が独自に作り上げたものです。世界を丸ごと自分で作ってしまうとは、すごいことです。
ただ、どんなに壮大で果てしないストーリーでも、国と国が争っています。というだけでは感動的なファンタジーにはなりえません。そこに、人間ドラマが必要です。人間以外の種族であっても、心意気とかまっすぐ一本筋の通った生き方をしていることで、彼らを理解できます。
物語の登場人物たちが、自分たちの場所で一生懸命生きている姿を読んで、現実の私は励まされます。まだまだできることはあるものです。あきらめないで、今日を生きていこうと思うのです。

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